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浦和地方裁判所 平成7年(ワ)465号 判決

原告

騎西町

右代表者町長

石川三郎

右訴訟代理人弁護士

江川清

被告

乙山大

右訴訟代理人弁護士

島田一彦

主文

一  被告は、原告に対し、金九五七一万七九一八円及びこれに対する平成七年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億四〇四七万〇九五八円及び内金八六八万六五六〇円に対する平成三年一〇月八日から、内金七二万七〇〇〇円に対する平成四年四月一七日から、内金一一四一万円に対する平成六年四月一八日から、内金一億一九六四万七三九八円に対する平成六年一二月二〇日から、各支払済みまで、年五分の割合による各金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告の税務課長であった被告が不実の宅地課税証明書を発行したため、宅地可能なものとして土地を購入した者から、国家賠償請求訴訟を提起され、敗訴した原告が、被告に対し、国家賠償法一条二項に基づき、その損害賠償支払額や応訴費用相当額を求償した事案である。

一  前提事実(争いがある点は、各項末尾に掲記した証拠により認定した。)

1  被告は、昭和三七年四月に原告の職員に採用され、昭和六三年四月に税務課長となり土地課税証明書発行の専決権限を有していた(甲一)。

2  被告は、平成二年五月二二日、原告町役場税務課で勤務中、「全日本同和会埼玉県連合会青年部理事 岩槻支部青年部長」を名乗る荒木智(以下「荒木」という。)の訪問を受け、騎西町〈番地略〉の土地(地目はいずれも雑種地、地積合計二一九二平方メートル。以下「本件土地」という。)につき、昭和四五年一月一日において本件土地が宅地として固定資産税を賦課されていたとの証明書を発行するよう要求された。

3  被告は、課員に調査させた結果、本件土地は、昭和四五年一月一日時点では台帳地目、課税地目とも畑であり、畑として固定資産税が賦課、徴収されていた事実を知ったが、荒木の要求に押され、同日、昭和四五年一月一日において本件土地が宅地として固定資産税を賦課されていたとの証明書(以下「本件課税証明書」という。)を原告町長名義で発行し、荒木に交付した。

4  ハスミハウジング株式会社(以下「ハスミ」という。)は、平成二年五月二五日、本件課税証明書を示されて、宅地開発が可能であると説明されたため、これを信じて、本件土地の所有名義人であった中澤五郎(以下「中澤という。)との間で、本件土地を代金二億六五二〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、まもなく、右代金を支払った(甲五、六)。

5  ところが、本件課税証明書が内容が虚偽であり、宅地開発が不能であることが判明したため、ハスミは、右支払代金と本件土地の適正価格四八二〇万円との差額二億一七〇〇万円の損害を被り、うち一億二二〇〇万円は売主関係者から填補を受けたとして、平成三年六月、原告に対し、国家賠償法一条に基づき損害残額九五〇〇万円及び弁護士費用九五〇万円の合計一億〇四五〇万円の支払を求める民事訴訟を提起した。

6  右訴訟において、浦和地方裁判所は、平成六年一月一七日、原告に対し損害賠償金二〇九五万円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を命じる判決(以下「一審判決」という。)を言い渡したが、双方の控訴を受け、東京高等裁判所は、同年一一月二八日、原告に対し損害賠償金一億〇二〇〇万円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を命じる判決(以下「二審判決」という。)を言い渡した(甲五、六)。

7  原告は、右二審判決が確定した後の同年一二月二〇日、ハスミに対し、右損害賠償金一億〇二〇〇万円及び遅延損害金一七六四万七三九八円を支払った(弁論の全趣旨日)。

8  原告は、右訴訟を三好徹弁護士ほかに委任し、その一審の実費・着手金等として平成三年一〇月八日に七三一万五〇六〇円、平成四年四月一七日に三九万八〇〇〇円を支払い、その一審分の報酬として六七六万円、二審分の実費・着手金等として四六五万円を平成六年四月一八日に支払い、また、同事件に関連した不動産仮差押申請事件の実費・着手金等として、平成三年一〇月八日に一三七万一五〇〇円、平成四年四月一七日に三二万九〇〇〇円を支払った(甲七ないし一一)。

二  主な争点

1  ハスミが、本件土地を宅地として利用しうるとの前提で買い受けて前記損害を被ったことにつき、不実の本件課税証明書を発行した被告には、故意又は重大な過失があるかどうか。

(原告の主張)

被告は、宅地課税証明書が、既存宅地確認の資料とされており、その申請書に宅地課税証明書が添付されていれば、通常、既存宅地の確認が受けられることから、市街化調整区域内の土地取引に重要な役割を有していることを熟知していたのであり、これを知りながら、不実の本件課税証明書を発行したのであるから、これを信じたハスミが前記損害を被ったことにつき、故意があるというべきであり、少なくとも重大な過失があることは明らかである。

(被告の主張)

被告は、当時、課税証明書が他人のプライバシーとは関係のない簡易な証明書として扱われていたこと、その発行につき上司に相談して無用な面倒をかけたくなかったこと、不発行とした場合、事務処理のミスが同和団体を背景として大問題になると危倶したことなどから、不実の本件課税証明書を発行してしまったのであり、それが不動産取引に利用されて、これを信じた者に重大な損害を発生させることは予見することができず、予見する可能性もなかったものであって、他人に損害を加えることにつき、故意又は重大な過失はなかった。

2  原告のいわゆる「えせ同和」対策の不足等を理由に、過失相殺類似の法理を適用して、原告の被告に対する求償の範囲を制限することができるか、できるとすれば、どの程度制限するのが相当か

(被告の主張)

原告は、いわゆるエセ同和行為に対し、対応マニュアルを作成する等の有効な対策をたてておらず、組織的にその排斥に取り組む態勢がなかった(だからこそ、その発行に係わった他の職員も、被告がこれを発行するのを制止していないのである。)。また、被告は、上司に当たる町長、助役とは意思の疎通をはかれる信頼関係がなく、課税証明書の発行につき相談しうる雰囲気になかった。これらの事情があったため、被告は、一人で思い悩んで、エセ同和行為に屈して、不実の本件課税証明書を発行せざるをえなかったものであって、右のような態勢、雰囲気になかった点で、原告にも、右発行に関する過失があるというべきである。

(原告の主張)

被告が、本件課税証明書が発行したのは、荒木のエセ同和行為におされた面があるとしても、発行までに時間を稼いで上司等に相談することは十分に可能であったのであり、被告は、そうした努力もしないままに即日安易に発行してしまったものであって、原告の過失を問題にする余地はない。なお、原告は、昭和四八年四月に同和対策室を設置したほか、毎年、全職員に同和対策の研修を実施しており、被告もこれに参加させていたのであって、原告がエセ同和行為に対する対応を怠っていたとの批判は当たらない。また、本件課税証明書の発行に関わった職員は、いずれも被告の部下であり、被告の指示に従わざるをえなかったのである。

3  原告が国家賠償請求訴訟事件やこれに伴う仮処分事件に応訴するために要した費用相当額(前提事実8の合計二〇四九万四五六〇円)も、国家賠償法一条二項により被告に求償することができるかどうか

(原告の主張)

国家賠償債務を負う原告と加害公務員たる被告とは、被害者に対し、不真正連帯債務を負うというべきところ、民法四四二条二項は、連帯債務者間の求償につき、避けることができなかった費用についても求償の範囲に含まれる旨の規定している。そうであれば、原告は、前提事実8の応訴費用についても、被告に対し、求償しうるというべきである。

(被告の主張)

国家賠償法一条二項は、損害賠償債務を履行した公共団体が、その賠償済額について加害公務員に求償することを認めた規定であり、賠償金とは異なる国家賠償訴訟等の応訴費用についてまで、求償することはできない。

三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告の故意、重過失の成否)について

1  前提事実3のとおり、被告は、本件土地が昭和四五年一月一日において宅地として課税されていた事実がないことを明確に認識しながら、これが右当時に宅地として課税されていたとの本件課税証明書を発行し、荒木に交付したものであり、故意に違法な職務執行をしたことは明らかである。

2  しかも、証拠(甲一ないし四)によれば、被告は、その発行、交付に当たり、本件課税証明書が既存宅地申請に使用されるものであることを知っていたのであり、本件課税証明書が利用されることによって、売買取引に当たり、既存宅地ではない本件土地が既存宅地であるとして適正時価の数倍で取引されることになることも分かっていたことが認められる。被告本人は、宅地開発までには幾つかの許可行為をクリアする必要があるから、本件課税証明書があっても宅地開発はできず、証明書が使用されて被害者が出るとは考えなかったと供述するが、課税証明書の発行を専決する権限を有する税務課長になって既に二年も経過していた被告が、現実に開発行為に至らない以前でも本件課税証明書が利用されて既存宅地として取引される可能性には思い至らなかったというのはいかにも不自然であり、前記証拠に照らしても、到底信用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

3  したがって、被告は、本件課税証明書の発行に当たり、不実な宅地課税証明書により、宅地開発が可能な土地として本件土地が取引されて被害を受ける者が生じることを予見していたということができ、そうした者に被害を被らせることにつき故意があったとまでは断定しえないにしても、重大な過失があったことは明らかである。

二  争点2(過失相殺の成否、過失割合)について

1  証拠(甲一ないし四、乙一、五、六、被告本人)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 荒木は、当日、被告に対し、本件土地と同一地番を所在地として表示した建物登記簿を示し、本件土地が宅地として課税されていないことにつき、「役場の課税ミスだから、同和会の本部に持って行って後で問題にする。」として、宅地課税証明書の発行を強く迫った。

(二) 被告は、既に、本件土地が昭和四五年一月一日当時、台帳地目、現況地目とも畑であり、畑として固定資産税が賦課されていた事実を調査により把握していたのであり、本件土地につき宅地課税証明書を発行することは内容虚偽の公文書を作成することになることを知りながらも、その発行を拒否した場合には、その対応につき、同和団体の威力を背景に、後日、自分や町当局が問題にされるのではないかとの恐れから、精神的余裕を失い、上司に相談しようともしないまま、その場で本件課税証明書を発行してしまった。

2  また、証拠(甲一二ないし一六、一八、乙三、証人栗原敏男、被告本人)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 原告は、昭和五六年ころから、毎年、同和問題に関する啓発活動の一環として、職員に対する研修を行い、参加を義務付けていた。

(二) しかし、昭和六〇年ころからは、同和関係者を名乗り、行政機関から違法に許認可等を取得しようとするエセ同和行為が社会的な問題となり、警察や人権擁護機関(法務局等)においても、行政機関における毅然たる対応について、問題提起がなされていたが、原告においては、警察や浦和地方法務局との間で、エセ同和行為に対する対応に関して協議、連絡をしたことはなく、前記職員研修においても、エセ同和行為の排除については全く触れられないかごく短時間触れたにすぎず、原告として、職員に対してエセ同和行為への対応の仕方を具体的に指導したことはなかった。

(三) 被告も、前記同和問題研修には参加しており、また、行田市内で行われた警察によるエセ同和に対する研修会に参加したこともあったが、過去の見聞から、同和団体から追及を受けることに対する恐怖感を払拭するには至っていなかった。

3  右1、2で認定した事実からすると、被告は、同和団体を背景にして、内容虚偽の課税証明書の発行を迫る荒木の言動に対し、これがいわゆるエセ同和行為であり、公務員の職責を全うするためには、当然、拒否すべき場合であるとは認識したものの、これを拒否した場合に、後日、同和団体を名乗る勢力の圧力の下に、自分の拒否行為が問題にされることへ恐れ、煩わしさから、その発行に応じてしまったものであると推認される。荒木は、被告に対し、前記言動を越えて、身体等に危害を加える等の害悪を告知したわけではないから、被告が、それだけの言動で精神的な余裕を失い、上司にも相談しようともせずに、違法な発行行為をしたというのは、公務員としての自覚を欠く安易な行動と非難されなければならない。また、上司との信頼関係がなく相談する気にもならなかった点では原告にも責任があるかのごとき被告の主張は、被告が重大な違法行為を独断でしたものであってみれば、到底、採用することができないというべきである。

しかし、被告が、右のようなエセ同和行為の排除について、公務員としての自覚に欠け、かつ、適切に対応することができず、結局、本件課税証明書の発行に応じてしまったことについては、原告において、エセ同和行為の対応につき職員に対する指導、教育が足りず、対応方針が徹底していなかったことも一因であることは否めず、原告がその違法行為の被害者に支払った損害賠償額のすべてを、そのまま、被告に求償させることは、相当ではないというべきである。

そこで、過失相殺の法理を類推して、原告の被告に対する求償の範囲を制限することとし、原告の固有の責任とみるべき部分を二割として、その損害賠償額の八割の限度で被告への求償を認めるべきである。

4  なお、被告は、原告がハスミに対して支払った損害賠償額の中には、被告の違法行為と因果関係がない部分が含まれるとも主張するが、右損害額(本件課税証明書を信じて宅地開発可能との前提で売買された代金額と適正時価との差額の範囲内)は、被告の発行した内容虚偽の課税証明書を信じたことより発生したものであるとみることができ、しかも、原告も、その損害の範囲を争った上、二審判決に従ってこれを支払ったものであってみれば、被告は当然にその求償に応じる義務があるというべきであって、被告の右主張も理由がない。

三  争点3(応訴費用の求償の可否)について

1  国家賠償法一条二項は、同条一項の賠償義務を果たした公共団体が、故意又は重大な過失により、職務に関し違法に損害を与えた公務員に対し、その賠償出捐分を求償することを認める規定である。そして、公務員がその被害者に対して直接に不法行為による損害賠償義務を負うことを前提にした規定ではないし、また、公務員が、被害者に対する関係で、同条一項により損害賠償義務を負う公共団体と不真正連帯債務関係にあるというわけでもない。さらに、同条二項は、当該違法な職務行為に関連して、公共団体が公務員に対して直接に損害賠償請求権を有するかどうかとは別個の問題である。

2  そうであれば、国家賠償法一条二項により公務員個人に求償することができるのは、被害者が被った損害に対する賠償額に止まるというべきであり、公共団体が、被害者からの国家賠償請求を争ったために要した費用(本件における応訴費用はこれに当たる。)は、それが、公共団体にとって必要な費用であったとしても、被害者の被った損害ではないから、同条項による求償の対象とはならないと解すべきである(右1項で判示したとおり、これを被告が原告に直接に与えた損害として、損害賠償請求をなしうるかどうかは別論である。)。

四  結論

したがって、被告は、原告に対し、ハスミに対する損害賠償支払額の八割に当たる金九五七一万七九一八円及びこれに対する遅滞の時から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払をすべきである。そして、被告の求償債務は、原告がハスミに対し損害賠償金を支払った日に直ちに遅滞になるものではなく、原告の請求によりはじめて遅滞になるものとみるべきところ、原告が平成七年四月二日に送達された本件訴状により被告にその支払を請求したことは、訴訟上明らかである(これより前にその請求をしたことについては、認めるに足りる証拠はない。)。

(裁判官小林克已)

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